ひとつだけ

読む必要のないブログを読んでほしいです

レアケース つづき

このブログ初めての続きもの記事がまさか自分の被災に関してとは。笑

 

正直、こんなことになるなんてつゆほども予測してなかった

北海道であんなに大きい揺れが来るなんて。

清田区があんなぐちゃぐちゃになるなんて。電車が1日以上動かないなんて……

もうなんていうか、何もわからないようになってて

ちょっと気持ち的にきてるなーってかんじなんですが

それでも朝はきまーす。

 

 

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はいこのくらい明るい。でもこれで十分

よっしゃとりあえず勝つる、ってかんじはします。

日が昇ることの安心感パねえ。

 

 

3時40分まで書いたとこでしたね。

コンビニでウイダーのマスカット味、たらこおにぎり、レーズンパン5こくらいはいったやつ、お茶、を購入して、友人宅に

友人が必要なものを持ち出してきて、一緒にうちに帰ってきたのがたしか5時くらい?5時前くらい?

正直、このへん通話履歴とか色々見ると詳しく時間も把握出来そうなんだけど、振り返るのこわくて見ないで書いてる。笑

(あと、このへんで鍵失くしたって騒いで友人に迷惑をかけました。恥ずかしいので詳しく書かないけど)

それで家に帰ってきてからえーこれどうなんのー仕事行くのかー?なんて話して、

職場に連絡したのは6時半ごろから、繋がらなくて7時くらいに人が捕まえられたのかな?

当然来なくていいよということになり。(交通機関何もないので、まあ無理です Twitter見てると中には15キロ歩いて来いとか言われてる人もいたみたいだけど、、、)

そんでこの間に、冷蔵庫にいくらがあったのと、炊飯器に入れっぱなしだったご飯を食べる。当然このとき停電してます

あー今また揺れてるよおおおお

 

洗い物とかもしたかな。あと浴槽にお湯をはった。

7時半くらいから少し横になって、さるのこしかけを読んだりして精神安定を図る。9時半頃また起きる。

起きて、物資を調達した方がいいかもねってことで外に出る。

朝方はトレーナー着て家を出たけど、あつそうなので苺ましまろのTシャツ(去年の誕生日にうりがくれたやつ)に替えた。

外やっぱ暑くて、すごい晴れてた。こんな久々に晴れてるのに勿体ねー、でも天気悪かったら困るし被災日和だよ、などと話しつつ

ちかくのストアの前割と列。行列レベルでいうと、まーディズニーランドのダッフィーのポップコーンのとこくらいかな。ギョウザドッグほどではなかった。

そこはスルーして先のホムセンへむかう。

 

信号がついてないから、スクランブルになってるとこは交通整理の人が出てた。でも普通の信号はもう車が止まらなくて、渡るのにも一苦労ってかんじで。

ホムセンまでの道のりで人がわりといた、カップルらしき人たち、女性同士の母娘かな?ってペア、あと自転車のろうとしてる人たち

ホムセンがまた混んでたんだこれがー

もうこれは行列レベルで言うとライジングサンの入場ブレスレットもらうとこの列くらいか?入場自体の列ほどでは、、、なかったはずだけど。でももうマトモに並ぶ気にはなれねーなみたいな人の数。

暑いし、それだけで体力食う。でもわりと子連れとかも並んでた。老人も。

みんな家に備蓄してないのかなーとびっくり。

 

 

そこをあとにしてコンビニ探す。裏のコンビニにむかうとビンゴ、空いてるしやってる。

電池式の携帯充電器さがすけど、棚にはない。店員さんに電池の在処を聞いたおばあさん、電池の棚がわからないようだったので案内する。もう普通の電池もなくて、なんか四角いやつ手に取って買うか悩んでたら、子供連れた若めのおかあさんに「とりあえず買っとく、合うのがあるかもしんない」と言われ買う。

 

あーあかるくなってきた。ほっとする。

 

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カップ麺がうちにはなかったのと、ダメ押しの水分をさがす。

カップ麺はもうほぼ棚カラで、あったのは辛いやつとかしょっぱそうなこってりのやつとか残り物って感じ。でも焼きそば系とか、わたしは好きなのでトムヤムヌードルとか確保する。(お年寄りとか子供が食べられないようなラインナップばかり残ってた 激辛ペヤングみたいなのってあれ無益な商品だねー)

水分も水はないけど強炭酸水があって、コメが炊けるのでそれを買う。あと麦茶数本

お酒の棚とかめっちゃのこってるなーと物色する。

昼に焼きうどん作る?豚バラ買う?と、事態を把握しきってないような会話してる親子に仰天したりする。

このとき、コンビニですでに人の汗臭さを強く感じて、ああこの先避難所など行くことになったらもっときついんだなーとぼんやり思う

コンビニの店員さんは、つらいとも嫌だとも顔に表さずに、すごく真摯に働いていた

みんな早朝から出向いて自主的にやってて、なんていうかまじめな人の強さを感じた

そういう人達のおかげで普通の人は生きてるんだなあ

店員さんは大丈夫ですか、と声をかけようとしたけど、少しでも早く私のレジを終わらせた方がいいなと思って言わなかった

 

店の外にでると車がたくさんいて、車あったら電気も使えるしエアコンもついてていいなーと思う

おじさんがお茶数本とタバコだけを買っていて、このおじさんなぜこんなに落ち着いてるんだろう、まさか死を受け入れてるのか?

レジでも○○(タバコの銘柄)のショートないの?などと言ってる人の声が聞こえて、こんな時でもたばこはすいてえんだなー(まあわかるかも)って思う

おばさんが後ろを見ずに下がってきてぶつかられる

などした

 

その後家に帰る途中も、別のおじさんがさも普通の日のように歩きタバコしていて、なんだかとてつもない安心感をおぼえた

 

それで家に帰ってきたのがーーー何時だったかな

お昼くらいにはなってたのか、、?

その後はダラダラとして過ごす、おばからのメールに気づいて電話すると、母親以上に切迫した声で「風呂に水を貯めて、風呂以外も鍋やヤカンなど貯められるものに貯められるだけ水を入れろ、野菜を洗え」といわれる

あまりに真剣な声なので、もしかしたら私の本当のお母さんなのか?と思うほどだった

ちなみに実の母は、私が電話を切る時に半ばひとりごとのように「やばいよね」と言ったのに対し間の抜けた声で「やばい」と返して切るなど、ギャルのような側面を見せていた(もうじき還暦)

 

なんか、災害発生時に自分がやったことのまとめと、これをやんなくてダメだったみたいなのを振り返ろうと思って書いてたはずが、いつものブログの調子になってる。

まあいいか。

 

 

午後は各地で次第に電気が復旧したというツイートをそれぞれ確認するものの、うちの近くはまったく気配なく

それでも期待をしていたけど、まったく期待はずれの状況でした

何回かブレーカーを上げてみたりしたけどダメで、そもそも近くの信号もまだついてない。

寝ようかなとベッドに横になったりはしていたけど全然眠れなかった

Twitterでくだらないこといつものようにツイートして調子を保とうとしたら、みんなからリプが来たりLINEがきてありがたかった

この時点ではまだ勇気づけられた、というほど気持ちが落ちてはいなかったので、ただただありがたかった

それから午後はデマに悩まされた、親はラジオを聞いて携帯の電波が届かなくなるらしいことを伝えてきたけど結局それはデマであったし、断水もされなかった

デマはTwitterで拾うよりも親世代から電話で聞くほうが多かった

Twitterの情報を役に立たないと言ってる人もいたけど、震災経験者がやった方がいいと言っていることはソースを確かめて(ブレーカー落とせなど)実行したので有用だったし、災害時に使えそうなYouTubeのリンクを貼ってくれている人、また避難時にあったらいいものリストなどわたしは役に立つと感じた

デマっぽい情報も多くあるけど、何かを見てそれだけを信じるのではなく、こういう話もある、こういうことも言われてるみたい、など照らし合わせていくには良かったと私は思う

 

日が落ちてきて17時頃、18時以降には電車も復旧するかもとのツイートを見て、日没までに電気の復旧をつよく期待する

しかーし期待もむなしく全然ダメ、こりゃ夜までダメそうだなーと思い、電気が復旧している地域の友人宅へ歩くことを決める

道が暗いので卓上ライトで照らしつつ向かう

小一時間歩いて、やっと電気がついてる地帯に到着

自販機もうごいていてうらやましかった

友人宅で携帯充電させてもらう、テレビがあることにすごく安心する(世界一受けたい授業がついていた)

持参したカップ麺を食べさせてもらう、パイナップルと梨を出してくれて、それをいただく

友人と集まってると、非常事態だということも少し忘れて話に花が咲いたし、揺れも気にならなくなった

 

その後明日以降の避難に備えてタクシーで帰宅、暗い部屋で夜を過ごすことになり

友人宅に卓上ライトを忘れたことに気づき絶望。

家に着いてノートパソコンを立ち上げるも、バッテリーを長持ちさせるためにバックライトを暗くしてあるから大した光にもならず。

ベッドでもう寝ることにした。

ふあんでツイートする。けど、寝たほうがいいよってことで寝ることにきめる。

このときはTwitterのやりとりにすごく心救われたし、他の道内の知人のツイートを見ても心を落ち着かせようとした

電波が悪くてツイートするにも時間がかかるし読み込みも悪かった

1時前くらいからようやく眠気が来て、そこからだいたい4時半くらいまで小刻みに眠る。

目が覚めるたびに背中がぞわぞわして、あーこれは割とやられてきてるなあ、などと感じた

1時くらい?におざわさんからLINEが来た時が最も安心した。それを確認したらすぐ眠りにまた落ちた

自分は寝ると目が覚めない方だと思っていたけどこういうときはさすがに揺れる直前に目が覚めることを知った

揺れを確認する度にTwitter見てネルフのツイートをリツイート

途中でフィジー島で大きな地震が起こったことも知ったけど、あのあたりはよく揺れて震源地も深いらしいことも把握する。

 

でも最初の発生時刻3時過ぎと同じ時間が来るまでは、またあの大きな揺れが来るか、もしくはあれとは違う不快な大きい横揺れが来ることを考えて怖かった

部屋からどう転がり出るかのシミュレーションを何度も頭で考える、部屋は真っ暗で、今もし玄関をへんなひとがめっちゃノックしてきたらマジでどうしよう、などと思考が回っていた

でもだんだん薄れて眠る、また目覚める、不安、眠りに落ちる、の繰り返しで、

3時40分くらいになって、ああとりあえず何も起こらなかった、とやっと安心できた

 

お腹がすいてきてきもちわるくなってきた、、いや、お腹がすいてるわけではないのか?なんか気持ち悪い。

昨日は服用するべき薬も塗り薬も何も使っていないので、今日の避難ではちゃんと持っていかなきゃなー

 

わたしはとりあえず実家に戻ろうと思います

両親が迎えに来るそうなので、、、、

冷凍庫の中のものがダメになるの惜しいけど、もうしょうがないね。

まさか1日以上電気が戻らないとは思わなんだ。食えるものは食ったさ、もう仕方ない。

 

 

このブログを書き始めたのが4時半ころかな?今5時31分。1時間くらいでざっと4600文字書きました。

懇親の被災レポート。被災ってほどじゃないか、と最初は若干ふざけて大げさな表現してたけど、暗闇の中で一晩過ごしたらこれは被災と言ってもいいレベルだなーと思った。

お風呂入れてないのも気になってきたし、、

 

まあ、これを後で読み返して、そんなこともあったなあとか思えたらいいし、大した役に立つことは皆無レベルに書かれてないけど、まだ災害にあってない人がこれを読んで少し頭の中で「自分だったらどんなかな?」とかシミュレートしてくれたりしたらいいのかもしれない。

 

 

わたしはこういうふうになにか起こった時、大事なのはおさないかけないしゃべらないでも、通帳を持って逃げることでもなくて、

いかに自分以外の人に気をつかって行動できるかにかかってると思う。

北海道のいいとこなのか、人が少なくて余裕がある場所だからなのかわかんないけど、

今回おじさんとかがキレてる現場とか誰かが揉めてるところとか、そういうのには遭遇しなくて、

それがすごくよかったと思う。

東京にいたときは少し終電が来るのが押したくらいでピリピリした空気味わってたけど、災害時ああいうふうでは絶対に二次災害が起きる。

そういう二次災害って心がけで防げるものだと思うし、誰かに気を回したことで後悔することはわたしはないと思うので、少しだけでも周りの人のためになにかできないかな?って考えながら行動したつもりでした。

日本で暮らしていく以上は避けて通れないことなので、何を持ち出すとかそういうことももちろん大事だけど、こういうときこそ人間的な気持ちを忘れないようにしたいなーって思った。

 

結局、ここまでで5292文字です。

ちょっと腕疲れたなー、みんな読んでくれるかな?

Twitterにリンク投げて、避難の準備でもしますか!

それじゃみんな、アディオス!!