ひとつだけ

読む必要のないブログを読んでほしいです

ゆっくり目を閉じる

早朝に被災ブログ書いて、夜になりついさっき日付が変わりました。

 

わたしは地元に帰ってきました。電気が復旧する気配がなかったので両親が迎えに来てくれました。

朝、出ていく準備をしながら、意外とたくましい自分の気持ちに安心した

負けてたまるかー的な

ブレーカー切ってきたし台所の上の棚のガラス製品は布製のクーラーバッグに入れてタオル2枚詰めてきたよ。

あと下の戸棚の取っ手のところにS字フックをかませて開かないようにしてきたし、冷蔵庫・冷凍庫も処分してきたし。コンセントも抜いてきた。全身鏡は倒してきたし。

 

実家に向かう車の中ではづきちゃん(友人)がブログ読んだよ!生きてね!ってLINEくれたのを見てちょっと泣いた。

 

地元はもういつも通りで、まったく災害ムードはなくて、ていうかむしろいつも住民が避難したあとの誰もいなくなった都市みたいな雰囲気だから、いつも通り静かだけど人の気配が感じられるまちで、すごくほっとした

なんせ、軽い余震が来てもまったく感知できないくらい揺れないの

山に囲まれてるからね

3.11のときだって微弱にユラーユラーというレベルでしか揺れなかったんだから。

電波も入るし、電気もついてるし水もガスも当然通ってて、すごく快適。

 

最近オープンした家の向かいのパン屋さんに初めて営業時間内に入ることができた。売り物にならなくなったパンをもらったよ。

生姜みたいなふしぎなスパイスがかおる、見た目はただの丸パンだった。

ふかふかして丸くておちついた。

 

 

 

自分が安全な場所に移った途端

余計なことも考えられるようになったし、みんなのことがようやく浮かんできて

それまで自分と家族のことしか考えられてなかったんだけど、そういえばあの子は大丈夫かな、あの人はどこにいるんだろう、って思い始めて

いてもたってもいられないような気持ちだった

19時頃にようやくいろんなところの電気が戻ったって見て、だいぶ安心した

みんな被災してるけど働かなきゃいけなくて、みんな頑張っててすごいよ

このまま何もないといいな

あの揺れだけだった、ちょっと大変だったけどまた今後に備えられるね、ってことで終わるといいな

いつもの泰然自若な北海道に戻ってほしい

人々の心が荒む前にいつもの生活に戻れたら

 

 

おなかがすくのと暗いところにいるのと寒いのが1番良くないよ

うちの92歳のばあちゃんはいつも言う、おなかすいてないかいって

ひもじくなると気持ちがダメになるから

知ってる人も、知らない人も、みんなが健やかでいられますように

 

とでも言うと思ったか!!!!(?)

 

 

レアケース つづき

このブログ初めての続きもの記事がまさか自分の被災に関してとは。笑

 

正直、こんなことになるなんてつゆほども予測してなかった

北海道であんなに大きい揺れが来るなんて。

清田区があんなぐちゃぐちゃになるなんて。電車が1日以上動かないなんて……

もうなんていうか、何もわからないようになってて

ちょっと気持ち的にきてるなーってかんじなんですが

それでも朝はきまーす。

 

 

f:id:kurakurakimari:20180907044331j:image

 

はいこのくらい明るい。でもこれで十分

よっしゃとりあえず勝つる、ってかんじはします。

日が昇ることの安心感パねえ。

 

 

3時40分まで書いたとこでしたね。

コンビニでウイダーのマスカット味、たらこおにぎり、レーズンパン5こくらいはいったやつ、お茶、を購入して、友人宅に

友人が必要なものを持ち出してきて、一緒にうちに帰ってきたのがたしか5時くらい?5時前くらい?

正直、このへん通話履歴とか色々見ると詳しく時間も把握出来そうなんだけど、振り返るのこわくて見ないで書いてる。笑

(あと、このへんで鍵失くしたって騒いで友人に迷惑をかけました。恥ずかしいので詳しく書かないけど)

それで家に帰ってきてからえーこれどうなんのー仕事行くのかー?なんて話して、

職場に連絡したのは6時半ごろから、繋がらなくて7時くらいに人が捕まえられたのかな?

当然来なくていいよということになり。(交通機関何もないので、まあ無理です Twitter見てると中には15キロ歩いて来いとか言われてる人もいたみたいだけど、、、)

そんでこの間に、冷蔵庫にいくらがあったのと、炊飯器に入れっぱなしだったご飯を食べる。当然このとき停電してます

あー今また揺れてるよおおおお

 

洗い物とかもしたかな。あと浴槽にお湯をはった。

7時半くらいから少し横になって、さるのこしかけを読んだりして精神安定を図る。9時半頃また起きる。

起きて、物資を調達した方がいいかもねってことで外に出る。

朝方はトレーナー着て家を出たけど、あつそうなので苺ましまろのTシャツ(去年の誕生日にうりがくれたやつ)に替えた。

外やっぱ暑くて、すごい晴れてた。こんな久々に晴れてるのに勿体ねー、でも天気悪かったら困るし被災日和だよ、などと話しつつ

ちかくのストアの前割と列。行列レベルでいうと、まーディズニーランドのダッフィーのポップコーンのとこくらいかな。ギョウザドッグほどではなかった。

そこはスルーして先のホムセンへむかう。

 

信号がついてないから、スクランブルになってるとこは交通整理の人が出てた。でも普通の信号はもう車が止まらなくて、渡るのにも一苦労ってかんじで。

ホムセンまでの道のりで人がわりといた、カップルらしき人たち、女性同士の母娘かな?ってペア、あと自転車のろうとしてる人たち

ホムセンがまた混んでたんだこれがー

もうこれは行列レベルで言うとライジングサンの入場ブレスレットもらうとこの列くらいか?入場自体の列ほどでは、、、なかったはずだけど。でももうマトモに並ぶ気にはなれねーなみたいな人の数。

暑いし、それだけで体力食う。でもわりと子連れとかも並んでた。老人も。

みんな家に備蓄してないのかなーとびっくり。

 

 

そこをあとにしてコンビニ探す。裏のコンビニにむかうとビンゴ、空いてるしやってる。

電池式の携帯充電器さがすけど、棚にはない。店員さんに電池の在処を聞いたおばあさん、電池の棚がわからないようだったので案内する。もう普通の電池もなくて、なんか四角いやつ手に取って買うか悩んでたら、子供連れた若めのおかあさんに「とりあえず買っとく、合うのがあるかもしんない」と言われ買う。

 

あーあかるくなってきた。ほっとする。

 

f:id:kurakurakimari:20180907045802j:image 

 

カップ麺がうちにはなかったのと、ダメ押しの水分をさがす。

カップ麺はもうほぼ棚カラで、あったのは辛いやつとかしょっぱそうなこってりのやつとか残り物って感じ。でも焼きそば系とか、わたしは好きなのでトムヤムヌードルとか確保する。(お年寄りとか子供が食べられないようなラインナップばかり残ってた 激辛ペヤングみたいなのってあれ無益な商品だねー)

水分も水はないけど強炭酸水があって、コメが炊けるのでそれを買う。あと麦茶数本

お酒の棚とかめっちゃのこってるなーと物色する。

昼に焼きうどん作る?豚バラ買う?と、事態を把握しきってないような会話してる親子に仰天したりする。

このとき、コンビニですでに人の汗臭さを強く感じて、ああこの先避難所など行くことになったらもっときついんだなーとぼんやり思う

コンビニの店員さんは、つらいとも嫌だとも顔に表さずに、すごく真摯に働いていた

みんな早朝から出向いて自主的にやってて、なんていうかまじめな人の強さを感じた

そういう人達のおかげで普通の人は生きてるんだなあ

店員さんは大丈夫ですか、と声をかけようとしたけど、少しでも早く私のレジを終わらせた方がいいなと思って言わなかった

 

店の外にでると車がたくさんいて、車あったら電気も使えるしエアコンもついてていいなーと思う

おじさんがお茶数本とタバコだけを買っていて、このおじさんなぜこんなに落ち着いてるんだろう、まさか死を受け入れてるのか?

レジでも○○(タバコの銘柄)のショートないの?などと言ってる人の声が聞こえて、こんな時でもたばこはすいてえんだなー(まあわかるかも)って思う

おばさんが後ろを見ずに下がってきてぶつかられる

などした

 

その後家に帰る途中も、別のおじさんがさも普通の日のように歩きタバコしていて、なんだかとてつもない安心感をおぼえた

 

それで家に帰ってきたのがーーー何時だったかな

お昼くらいにはなってたのか、、?

その後はダラダラとして過ごす、おばからのメールに気づいて電話すると、母親以上に切迫した声で「風呂に水を貯めて、風呂以外も鍋やヤカンなど貯められるものに貯められるだけ水を入れろ、野菜を洗え」といわれる

あまりに真剣な声なので、もしかしたら私の本当のお母さんなのか?と思うほどだった

ちなみに実の母は、私が電話を切る時に半ばひとりごとのように「やばいよね」と言ったのに対し間の抜けた声で「やばい」と返して切るなど、ギャルのような側面を見せていた(もうじき還暦)

 

なんか、災害発生時に自分がやったことのまとめと、これをやんなくてダメだったみたいなのを振り返ろうと思って書いてたはずが、いつものブログの調子になってる。

まあいいか。

 

 

午後は各地で次第に電気が復旧したというツイートをそれぞれ確認するものの、うちの近くはまったく気配なく

それでも期待をしていたけど、まったく期待はずれの状況でした

何回かブレーカーを上げてみたりしたけどダメで、そもそも近くの信号もまだついてない。

寝ようかなとベッドに横になったりはしていたけど全然眠れなかった

Twitterでくだらないこといつものようにツイートして調子を保とうとしたら、みんなからリプが来たりLINEがきてありがたかった

この時点ではまだ勇気づけられた、というほど気持ちが落ちてはいなかったので、ただただありがたかった

それから午後はデマに悩まされた、親はラジオを聞いて携帯の電波が届かなくなるらしいことを伝えてきたけど結局それはデマであったし、断水もされなかった

デマはTwitterで拾うよりも親世代から電話で聞くほうが多かった

Twitterの情報を役に立たないと言ってる人もいたけど、震災経験者がやった方がいいと言っていることはソースを確かめて(ブレーカー落とせなど)実行したので有用だったし、災害時に使えそうなYouTubeのリンクを貼ってくれている人、また避難時にあったらいいものリストなどわたしは役に立つと感じた

デマっぽい情報も多くあるけど、何かを見てそれだけを信じるのではなく、こういう話もある、こういうことも言われてるみたい、など照らし合わせていくには良かったと私は思う

 

日が落ちてきて17時頃、18時以降には電車も復旧するかもとのツイートを見て、日没までに電気の復旧をつよく期待する

しかーし期待もむなしく全然ダメ、こりゃ夜までダメそうだなーと思い、電気が復旧している地域の友人宅へ歩くことを決める

道が暗いので卓上ライトで照らしつつ向かう

小一時間歩いて、やっと電気がついてる地帯に到着

自販機もうごいていてうらやましかった

友人宅で携帯充電させてもらう、テレビがあることにすごく安心する(世界一受けたい授業がついていた)

持参したカップ麺を食べさせてもらう、パイナップルと梨を出してくれて、それをいただく

友人と集まってると、非常事態だということも少し忘れて話に花が咲いたし、揺れも気にならなくなった

 

その後明日以降の避難に備えてタクシーで帰宅、暗い部屋で夜を過ごすことになり

友人宅に卓上ライトを忘れたことに気づき絶望。

家に着いてノートパソコンを立ち上げるも、バッテリーを長持ちさせるためにバックライトを暗くしてあるから大した光にもならず。

ベッドでもう寝ることにした。

ふあんでツイートする。けど、寝たほうがいいよってことで寝ることにきめる。

このときはTwitterのやりとりにすごく心救われたし、他の道内の知人のツイートを見ても心を落ち着かせようとした

電波が悪くてツイートするにも時間がかかるし読み込みも悪かった

1時前くらいからようやく眠気が来て、そこからだいたい4時半くらいまで小刻みに眠る。

目が覚めるたびに背中がぞわぞわして、あーこれは割とやられてきてるなあ、などと感じた

1時くらい?におざわさんからLINEが来た時が最も安心した。それを確認したらすぐ眠りにまた落ちた

自分は寝ると目が覚めない方だと思っていたけどこういうときはさすがに揺れる直前に目が覚めることを知った

揺れを確認する度にTwitter見てネルフのツイートをリツイート

途中でフィジー島で大きな地震が起こったことも知ったけど、あのあたりはよく揺れて震源地も深いらしいことも把握する。

 

でも最初の発生時刻3時過ぎと同じ時間が来るまでは、またあの大きな揺れが来るか、もしくはあれとは違う不快な大きい横揺れが来ることを考えて怖かった

部屋からどう転がり出るかのシミュレーションを何度も頭で考える、部屋は真っ暗で、今もし玄関をへんなひとがめっちゃノックしてきたらマジでどうしよう、などと思考が回っていた

でもだんだん薄れて眠る、また目覚める、不安、眠りに落ちる、の繰り返しで、

3時40分くらいになって、ああとりあえず何も起こらなかった、とやっと安心できた

 

お腹がすいてきてきもちわるくなってきた、、いや、お腹がすいてるわけではないのか?なんか気持ち悪い。

昨日は服用するべき薬も塗り薬も何も使っていないので、今日の避難ではちゃんと持っていかなきゃなー

 

わたしはとりあえず実家に戻ろうと思います

両親が迎えに来るそうなので、、、、

冷凍庫の中のものがダメになるの惜しいけど、もうしょうがないね。

まさか1日以上電気が戻らないとは思わなんだ。食えるものは食ったさ、もう仕方ない。

 

 

このブログを書き始めたのが4時半ころかな?今5時31分。1時間くらいでざっと4600文字書きました。

懇親の被災レポート。被災ってほどじゃないか、と最初は若干ふざけて大げさな表現してたけど、暗闇の中で一晩過ごしたらこれは被災と言ってもいいレベルだなーと思った。

お風呂入れてないのも気になってきたし、、

 

まあ、これを後で読み返して、そんなこともあったなあとか思えたらいいし、大した役に立つことは皆無レベルに書かれてないけど、まだ災害にあってない人がこれを読んで少し頭の中で「自分だったらどんなかな?」とかシミュレートしてくれたりしたらいいのかもしれない。

 

 

わたしはこういうふうになにか起こった時、大事なのはおさないかけないしゃべらないでも、通帳を持って逃げることでもなくて、

いかに自分以外の人に気をつかって行動できるかにかかってると思う。

北海道のいいとこなのか、人が少なくて余裕がある場所だからなのかわかんないけど、

今回おじさんとかがキレてる現場とか誰かが揉めてるところとか、そういうのには遭遇しなくて、

それがすごくよかったと思う。

東京にいたときは少し終電が来るのが押したくらいでピリピリした空気味わってたけど、災害時ああいうふうでは絶対に二次災害が起きる。

そういう二次災害って心がけで防げるものだと思うし、誰かに気を回したことで後悔することはわたしはないと思うので、少しだけでも周りの人のためになにかできないかな?って考えながら行動したつもりでした。

日本で暮らしていく以上は避けて通れないことなので、何を持ち出すとかそういうことももちろん大事だけど、こういうときこそ人間的な気持ちを忘れないようにしたいなーって思った。

 

結局、ここまでで5292文字です。

ちょっと腕疲れたなー、みんな読んでくれるかな?

Twitterにリンク投げて、避難の準備でもしますか!

それじゃみんな、アディオス!!

レアケース

ただいま絶賛被災中

大したことではないですが

15時間以上電気がないなんて初めての経験です

 

やることがなくて、ついにブログを書き始めちゃいました

現在こんな感じ

 

f:id:kurakurakimari:20180906180133p:image

 

 

 

充電は残り少ないですが、モバイルバッテリーがまだ生きてるのとノートパソコンからも電気が少しとれる状態です

テレビは見られません

人は、テレビがつかないと窓の外ばかり見てしまいますねー

落ち着きがほしくてさくらももこのエッセイなども読んでいたけどやっぱりあまり集中できません

いまもゆれてるう

 

本日の行動を振り返ります

 

地震発生は何時だかわかりませんが、恐らくAM3時過ぎ

地面に落ちた目覚まし時計の電池が飛び出て時刻が03:07くらいで止まっていたけどそれくらいだったのかな?

3時22分、誰よりも早くおばからメールが届いていました(これは9/6正午ほどに知る)

 

今まで経験したことのない揺れで、正直判断力がにぶりずっと布団の中にいました

地震発生直後みんなテレビをつけたと言っていましたが私はテレビもつけず

もう一度寝られるかどうかを考えようとしましたが、多分ダメだなと勘で判断しました

揺れ方はゴゴゴ…というかんじの初期微動的な揺れで目が覚めて、やばいか?と思った直後縦に大きく揺れるタイプでした

地震速報が鳴ってるスマホを持ちつつやばい!と一人口走った

揺れが収まったあと家に電話をかけて、大した会話をせず切ってから近くの友人にも電話をかける

彼女はこわくて手が震えてると言ったので、とりあえず合流することにしました

電話中に外を覗いたら街灯が落ちて、停電だとわかったかな

家の中はガラス類などの割れはないけど、足つきのテーブルに置いていた電気ケトルは地に落ち蓋が壊れていました

棚に飾っていた小さな飾りものもほぼ転げ落ち、無精に本棚へ横ざししていた本も飛び出していました

 

暗い中財布等だけを持ってトレーナーを着ジーンズを履きベルトを締めずサンダルでコンビニへ向かうと外は真っ暗

コンビニも真っ暗

 

友人と合流してそれぞれ家族にでんわ

わたしは石狩の祖母に電話

昨日の夕方トンボの大群を見たと言われました

コンビニの中は男性客が多かったような記憶

酒瓶が落ちて割れていました

このときはまだ電池式の携帯充電器があったけど、買うほどか?と友人と顔を見合わせて購入はしませんでした

これが今思うと今回の1番のミス、あそこで買っておくべきだったー

コンビニを後にしたのが3時40分頃

 

 

うーん、まだ信号はつかないようです

一旦ここまでにしておこうかな

 

 

自分の精神の安寧のために文章を書きます

 

わたしがなにかを書いて、誰かがそれを見てくれる

というプロセスに

やっぱりどうしようもなく楽しみを感じるし、安心もするような気がします

 

自分が社会の中のどのピースに合致するのかわからなくてこわいです

わたしが好きなものは、「なくてもいいもの」「無駄なもの」

でも、自分がそれになっては、かなしいけれどこの日本社会では生きていくことを許してもらえないような気がします

 

ほんとうはそうなりたい!

自由になりたい!何も生産性のないものに

生産性なんて言葉ドロップキックです

産むってことはそんな簡単なもんじゃないでしょう

政治家が誰かのことを「生産性がないからいなくてもいい」と言ったところで追いやられない世の中です

えらい人なら何を言ってもいいのでしょう

 

 

わたしは多くを望んじゃいないつもりだけど、贅沢なのでしょうか

ずっと自問自答しています

祝!昨日だけで100ぷれびゅー

タイトル通りです

このブログは、大体の記事がタイトルを読めば中身わかる作りになっています(そういう仕様なんです)

この記事はだいたい2ふんでよめます!

 

 

昨日何書いたかももはやわすれたんですけど、なにかを書いてアップしようと思い立ったんですね

ああ、なんか通知が来てたからそれで開いて、そこからやる気が出て更新することが出来たんですが、

それでブログアップしたら、みなさんが見てくださったようだったので、うれしくなって

もっかい書いたんです

さとふる っていうなんかよくわからないなんなんだあれは…?ふるさと納税関係のなんかなのかな?

それの協賛の、「私のふるさと」っていうブログのお題で

わたしの地元は宗教団体の人が住んでる山の中の田舎なんですけど、そこの話を書きましてん

そいでなんかはずかしかったからTwitterのほうにはお知らせせずにぽちーと更新しておいたんですわ

 

そしたら!!!

昨日だけで100view超えました

 

やったー

さとふるのコラボってすごいんだなあ

 

それともあんまりすごくないのかな?

 

いや、すごいということにしておきたいです

なぜなら、その方が嬉しいから

 

 

 

今あんまり寝れなくて、嬉しいこと書こうと思ってブログ書きました

このブログのいいところは、一人の人間の感情がほぼまんまで出ているところです

誰かに会って嫌な気持ちになった日はそのことを書きますし

嬉しかったこととか心がブヨブヨにふやけるくらい感情的になったこともそのまま

そういうの、あんまり人のそういうのって見る機会ないと思うんで

それを見てほしいです

自分が持ってるもの何もなくて

感情しか見せるものないです

 

 

 

なに?なんかこの変なミュージシャン気取りの人が書いてるみたいな文は

 

 

 

明日からおしごとで1人勤務になるのがこわくてこわくて

ねれませんよー

😭

小心者だから、、

 

 

みんなさん ねむれないよる どうおすごし?

携帯見んの やめてねろ

きみのふるさと

みなさんこんにちは。

 

 

お題の練習、兼、

わたしは結構自分の故郷が好きなので、そのことを書こうと思います。

 

 

わたしは北海道の片田舎のちいちゃいまちで育ちました。

昔は炭鉱にさかえたまちで、すごく栄えていたみたいです。小学校の頃には露天掘りの跡地を見に行ったりもしました。

炭鉱をやってたころの記録みたいなのも読んだことがある。まちの中にある大きな橋は、崩れないように中に人が入っているというのを読みました。

 

わたしの故郷は、北海道B級珍スポットとしても有名らしいことを昨日知りました。

北海道のおもしろスポットを探そうと検索したら自分の家の近くが表示されるのオドロキです。

たしかに幼い頃からなんかおかしいな、と思ってはいた。

 

わたしの故郷は、人口がどんどん減って

今では1万人にも到底満たないし、毎月何人も人が減っていってるそうです

この先どうなるのかは知りませんけど、それによって何も変わらない、ただ山に囲まれて変な五重の塔があって星がすごくきれいな場所がずっとあるだけですよね

 

 

わたしの故郷について話そうとする時、わたしは言いたいことがたくさんあるんですが、どれもわざわざ言うようなことでもないかと思ってしまいます

わたしの故郷を知らない人に、そこまでして知ってもらう必要が無いと感じるというか

その感情って、広告とか観光とかの観点からしたら全然ダメなんでしょうけど、「故郷」というものに対してはごく自然でイノセントな感情なんじゃないかなっておもいました

自分の家族とか恋人とか(ペットとか)、別に人に心底良さを理解してほしいなんて思わない

そうじゃなくてもただそこにはあるし私にとってはそれでいい

 

本題からは逸れますが、今これで750文字くらいなんですけど、長い文章って書かないと書けなくなりますね。

大学時代は何千字などの指定で定期的にレポートなどを書いてたから思わなかったけど、

卒業して少し経つと、1000文字以上なんて到底書けないようなきがします

そういえば、どうしてわたしはデスマス調で文章を書くようになったんだろう

謙虚さの表れですかね?謙虚の日本選手権1位みたいなところありますからね。

 

 

わたしの故郷って、けっこう限界なんですよ

夕張市がやばいって言われてたけどたぶん(ていうか確かデータ上でも)夕張市の次に北海道内ではやばいはず

でもそのやばいまちがわたしすごく好きなの

 

出たからこそ言えるのかもしれないけどね

 

 

なんか他者が読んでも全然意味のわからないような文章になっちゃったな

企画の趣旨には添いませんね

でもね、故郷について他人に教えるなんて、小学校の調べ学習とか広告会社のプレゼンみたいな方向に極振りしない限り、そんなこと、野暮なんだと思いますよ

 

 

みなさんのふるさとはどんなとこ?

 

久しぶりに自分のブログ読んだら痛すぎてわろた

 

久しぶりに自分のブログ読んだら痛すぎてわろた

タイトル通りです

おはようございます

外出の予定がありますが、どうにも出かけたくありません(12時には家を出ないといけないのにまだおふろにもはいってない)

 

 

 

なんかブログ更新する度にこわくなって

ワッ!やめよ!ってなって、更新後はしばらくいじらないのですが

はてなブログのアプリにずっと赤い印があるのが気になって

開いてみたら知らない人が、わたしの殺意の記録にいいねみたいなのをしてくれていて

すごく嬉しくなって今すぐにこの文章を書いています

単純です

 

 

そのいいねをつけてもらえた時の文章を読み返してみると、その頃の私は

どうやら人並みの生活を獲得していないことをすごくしんどく思っていたようでした

結論から言うと今は大丈夫です

一応生きてますから

半人前どころか、人間のサイズで言うと足の甲部分くらいしかない完成度なんですけれど、一人娘でよかった

支援されて生存しています

 

 

わたしは娘なんだけど、親族からはなんとなく娘というよりも、息子のような扱いを受けていると感じます

これはおそらくそうなんでしょう

もしかしたら、なにか理由があるのかな?と思いながら、そのことについて深く考えたり周りに聞いたりはしていません

ですが母はほんとうにそう思っているらしく、あと一時期の私を性同一性障害なのではないかと危惧していたことがあったとも前に言っていました

 

 

最近は、なんかいろんなことを吸収しています

でもそれは勉強しているのではなく、ただ普通に生きているだけのことなのです

ただ普通に生きていてもいろんなことがあっておもしろいですね

 

 

みなさんは死ぬ時のこと考えることあります?

自分で死に方選べるうちに死ぬのも一つの手だと私は思いますョ